多文化共生社会を考える
医療現場のコミュニケーションが拓く多文化共生
名古屋外国語大学教授 吉富 志津代
病院で診察を受けたとき、「もう少し詳しい説明を聞きたい」と感じたことがある方は多いのではないでしょうか?体調の悪いときは誰もが不安で、医師の説明がとても重要です。
ましてや日本語の理解が不十分な住民にとっては、なおさら不安が大きくなります。日本には医療通訳の制度が整っていないので、医師の説明について、なんとなくしか理解できないまま我慢をしたり、言葉のわかる知人を探して通訳を頼んだり、場合によっては、日本の学校で学び日本語が親よりも上手になっている自分の子どもを、学校を休ませてでも頼らざるを得ないという現状があります。
このようなことから、兵庫県では、市民団体が主宰する有償ボランティア通訳のモデル事業を15年前から実施していますが、この取組みの協定病院はまだ8つだけです。誰もが安心して病院で医療サービスを受けることができる環境に向け、車いす利用者へのサポートや難聴者への手話通訳手配などにより医療従事者と患者のコミュニケーションの壁は、協力し合って取り除いていかなければなりません。しかし、医療通訳に関しては、なかなかそのしくみができないのはなぜでしょうか?
あるとき、このモデル事業に協力をしているボランティア通訳者からの定例報告に、「患者への説明があまり得意ではなかった医師が、通訳を介して質問に応えているうちに、少しずつ説明が上手になってきた」とありました。もともと日本語はあいまいな表現が多く、主語もはっきりとしない言語ですが、通訳をするときは、それを明確にしなければならない場合が多いため、通訳を介する説明は、その医師が患者に対してわかりやすい説明を行う研修の機会となり、一人の患者のための通訳という行為が医療環境の改善につながる事例となりました。
社会の中で、少数者として忘れられがちな人たちのところに、その社会の課題がより大きくのしかかってきます。そして誰もが少数者という弱い立場になることもあるので、その課題に気づいて解決をすることは、社会全体の成熟につながるはずです。
「多文化共生社会」とは、日本人とか外国人とかに関わらず、地域に住む多様な人たちのうち、特に周縁に追いやられてしまいがちな人たちへのまなざしが、大きな気づきをもたらすことで成熟していく社会とも言えるのではないでしょうか?
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